心の棘
和音は、今年の夏で開業5年目を迎えます。
2016年の開業にあたっては、多くの皆様にご協力をいただいてクラウドファンディングでお預かりしたお金で、水回りの工事をして何とかカフェとしての営業をスタート出来ました。
その時の70万円を超えた募金のうち、手数料を引いた60万円程度のほぼ全てがトイレの手洗いを設置する為のお金に消えました。
床を直し、壁を直し、ドアを直し、天井を直し、窓を直し、ストーブを買って煙突を買って、厨房施設を整え飲食店としての形を揃えて保健所に許可を頂けるまでにわずか2ヶ月間。開業資金は飲食店としては破格の160万円でした。
その時に、誰よりも喜んでくれた当時の仲間は、その後そっと私から離れていきました。
私はそれを覚悟した上で、彼女の手を離しました。それは正解だったと今でも思っています。
むしろその後のことを思えば、あのタイミングで良かったとすら思っています。
語らなかった過去をいま語ろうと思ったのは、今日、和音に来てくれたトウリーダーの仲間が、おそらく似たような状況になりつつある気がしたからです。
人生には、自分自身が予期できないタイミングで大きな事件が起きる事があります。
和音を開業してから丁度1年後にそのタイミングはやってきました。
大きな講演会を抱えていた2017年の夏
娘が交通事故で轢き逃げに遭いました。
その後すぐに息子が離婚して
いきなり孫3人を引き取る事になりました。
1番小さな孫は1歳になったばかりでした。
当時の私は、私の仲間達に心配をかけることを1番恐れました。
ここまで支えてくれた仲間達の誰もが、それぞれに心労を抱え、それぞれの事情の中で必死に生きている姿に、応援はするけど甘えるわけにはいかない。ここは私の踏ん張りどころだ。と思っていました。
結果がどうであれ。私の責任だ。
と腹を括りました。
それ以来、私は左足の膝に爆弾を抱えながら働かざるを得なくなりました。
座る事も立つ事も出来ないほどに。
大好きな義祖母の葬儀に椅子で参加するのも辛いほどに膝が膨れてズボンを履くのもトイレに行くのも辛いほどでした。
そんな状態で何とか講演会を終える事ができてホッとした段階で、自分の限界について考えるようになりました。
それでもこのグループの動きを止めたくは無い。というのも私のエゴでした。
適任者がいるのであれば、その人にこの代表を預けて私は事務局として残っていこうと考え、バトンを渡す事にしました。
本来であれば、それまでサポートしてくれていた彼女に渡すべきバトンを別の人に渡した理由は、1年間の間にプライベートでも多くの責任を負う事になった彼女は、ほとんどイベントに参加もできず、協力を仰げない状態のままにいた中で、今後もその状況は長く続くと思えたからです。
何度か声をかけても、中々時間が取れない彼女の忙しさに、その為の相談をする時間すら持てないお互いの事情はやむなしであると判断をしました。彼女にとってそれは裏切りととれたかもしれませんが、そう受け取られても他に手はないと思うほどに、私自身が疲労困憊していました。
そして同じ2017年の初冬に、主人が自分の経営していたお店を畳みました。
私は
母であり
妻であり
祖母であり
団体代表であり
個人事業主であり
稼ぎ頭であり
家族の大黒柱になりました。
そのうちのひとつ団体代表の座を下りることで団体の生き残りを図った筈でしたが、思わぬところから思わぬ形で梯子が外されました。
人生は本当にままならないものです。
誠意は伝わらず
優しさは空回りし
気配りは届かず
裏切られ
見限られ
自分の誠意は置き去りにされて
それでも残酷に時は刻まれ
孤独感と閉塞感に心が塞ぐ事しか起きないとしても
それでも生き延びるしかありません。
私にとっては四面楚歌。
八方塞がりに見えた時に、どこからともなく私の人生に現れたのが
トウリーダーの吉山美知代さんです。
彼女の講演会を聞きに行く為に、わざわざ千歳まで1泊2日の旅をした時の事は、昨日の事のように覚えています。
痛む足を引きずって、宿泊先から講演会会場までのわずかな距離も、長い時間をかけてやっと歩いている途中で、ふと自分はどうしてこんな痛い思いをしてまでこんな遠くまで来たんだろうと思いました。
千歳の駅のこちら側から
駅を越えて向こう側まで
歩いている途中でふと立ち止まり。
「いま地獄の底に足がついたな。」と思いました。
そこから先は希望と二人連れです。
それ以上の底は無いのだから。
その瞬間に、幼い頃に約束をしたことを思い出しました。
「掴んだ手は絶対に離さない。助けると決めたら絶対に助ける。私は裏切らない。」
私は、大きな勘違いをした自分の間違いに気づきました。
同時に、それで良かったのだと確信しました。
あの間違いは必然なのだと思えました。
優しさのつもりで声をかけなかった自分。
思いやったつもりで大事な友人を信頼していなかった自分。
だけどいずれにしても道を分つしか無い未来だったなと確信しました。
そしてそれでも私を信じてくれる多くの仲間達がいた事も思い出しました。
周囲に起きる状況は自分を試すかのように、次々にのしかかってきます。最悪のタイミングで最悪の出来事が重なります。
それを越えた先、さらにずっと先まで歩いて振り返った時に、それでも生き延びていた自分とそれでも寄り添ってくれた家族と友人たちが、新しい未来の礎を築く為の力になってくれています。
人は出会って別れてを繰り返すけれど、
時には裏切られたと憎む事もあるかもしれないけれど、
語られない先にある未来を知る術はありません。
千歳で出逢ってからずっと
彼女は私のサリバン先生です。
よもや自分がトウリーダーになるなんて
思ってもいなかった4年前
本気で死を考える日々でした。
そして未だにそれは続いています。
明日死ぬかもしれないのに
今日を楽しまないなんてもったいないじゃ無いですか。
心の棘は誰の胸にも刺さっています。
その棘を時々思い出したりもします。
体の傷よりも心の傷の方がずっと痛いけれど
魂が死ぬよりもずっとマシ
幸せになる為に生まれてきた事を思い出すたびに
心の棘もひとつづつ自分の中で消化できていく気がします。
それもエゴだとしても。
自分勝手な言い草だとしても。
誰も誰かの人生に責任は負えません。
誰かの人生を気にかけるよりも
自分の一生を大事に生きてる方が
ずっともっと幸せだと思います。
0コメント